■世界まで届いた昭和最高のポップソング

 

▼楽曲について

日本人なら誰しも一度は耳にしたことがあるであろう「上を向いて歩こう」は、歌手の坂本九の代表曲として知られています。作曲はジャズピアニストであった中村八大、作詞は永六輔で、中村八大と永六輔は通称「六・八コンビ」として数々のヒット作を多く作り上げてきました。同曲のヒットを境に、坂本九も加えた「六八九トリオ」として親しまれるようになっていきました。

 

1961年7月、とあるコンサートで坂本九によって唄われて初披露となり、同年10月15日にレコードが発売され、3ヶ月連続で国内ランキング1位となる記録的な大ヒットを飛ばしました。翌年となる1962年にヨーロッパ圏で同曲が紹介されると瞬く間に話題を呼び、「SUKIYAKI」という別名で世界中の人々に愛される曲となりました。

 

 

▼初披露ステージの裏話

「上を向いて歩こう」という楽曲は元々、作曲した中村八大が自身の「第3回中村八大リサイタル」に出演する坂本九(当時19歳)のために作られたものでした。しかし、当時売れっ子の俳優・歌手として過密なスケジュールに追われていた坂本九は、リサイタル当日に初めて「上を向いて歩こう」の譜面を見せられ、マネージャーの曲直瀬信子から口伝でメロディを覚えたそうです。初めて譜面を見た坂本九は、曲のメロディに対して歌詞が少なく、困惑してしまったそうですが、自身が憧れていたエルヴィス・プレスリーの歌い方をイメージしながら唄うことで曲を自分のものとし、ステージで歌い上げることができたと語っています。

 

その後、NHKの「夢であいましょう」で唄われたことでテレビを通して日本全国のお茶の間に届くこととなり、空前の大ヒットとなりました。ちなみに、坂本九のシングル曲としてレコーディングすることを推薦したのは、メロディを初めて伝えたマネージャーの曲直瀬信子でした。

 

 

▼前例のない歌唱法や歌詞表現

中村八大と永六輔の「六・八コンビ」によって制作された「上を向いて歩こう」は、それまでの歌謡界にはなかった新しい感覚を取り入れていたことがヒットの要因とされています。「六・八コンビ」の間では「口語を歌詞に使う」という特別な取り決めがありました。当時の歌には話し言葉とは違う語法の歌詞が多く、それが当たり前とされてきましたが、そうした傾向に疑問を抱いていた二人は、普段自分達が使っている言葉で歌詞を作るということを実践していました。確かに当時は、きれいな歌詞の並びを意識するあまりか、不自然な言葉遣いが多かったように感じられます。

 

そして、もう一つヒットの要因と言われているのが坂本九の独特な歌い回しです。初ステージであった「第3回中村八大リサイタル」で坂本九が唄うと、「ウエヲムイテ、アルコウ」という言葉が「ウへッフォムフフィテ、アハルコフホフホフホフ」と聞こえるような歌い回しをされ、作詞を担当した永六輔はかなりの反発を示し、坂本九を抜擢した中村八大へ猛抗議したといいます(聴き直してみると、確かにハキハキとした歌い方とは違って聞こえます)。しかし、中村八大は「あれがいいんだ」と言って、全く取り合いませんでした。その後のレコーディング時にも永六輔は坂本九の歌い回しに激怒していたそうで、発売以降の当時の歌謡界からもあまり音楽的な評価はされませんでした。しかし、記録的な売り上げとその後の世界規模でのヒットを目の当たりにした音楽人たちは、坂本九の音楽性を改めて評価せざるを得ないこととなっていきました。

 

人間味溢れる歌い回しや歌詞に口語を使っているおかげか、確かにとても耳馴染みが良く、楽しい気分のときも、少し寂しい気分のときも、不思議と口ずさんでしまいます。

 

 

▼「SUKIYAKI」として世界へ

1962年にヨーロッパで紹介されて以降、日本国外でも人気を集めるようになった「上を向いて歩こう」ですが、イギリスでジャズトランペッターのケニー・ボールによってカバーされたのが大きなヒットのきっかけとなりました。しかもカバーされた曲は、「SUKIYAKI」というタイトルに変更され、歌なしのインストゥルメンタル曲としてアレンジされて発売されました。発売されたレコードは全英ランキングで10位になるほど話題を呼びました。海外での最初期のヒットがジャズのカバーとは、今から考えると意外ですね。

 

「SUKIYAKI」というタイトルになった経緯は、カバーしたケニー・ボールの所属レコード会社の社長であるルイス・ベンジャミンが来日した際の土産に混じっていた「上を向いて歩こう」のレコードを気に入ったところから始まります。ジャズのカバーとして発売することを決めたルイスは、タイトルを短く分かりやすい日本語の曲名に変えようと思いつきます。しかし、「SUKIYAKI(すきやき)」と「SAYONARA(さよなら)」しか日本語を知らなかった彼は、友人の女性歌手に相談したところ「SUKIYAKIが良いと思う」と言われて、曲名を決めたそうです。「SUKIYAKI」という言葉には、てっきり何か特別な意味があると思い込んでいましたが、案外その場の流れで決まっていたというのは、なんだか拍子抜けしてしまいますね。

 

その後は、アメリカでは坂本九が唄うバージョンが「SUKIYAKI」としてラジオで紹介されると、なんとビルボード誌のランキングで全米1位を記録する大ヒット。アジア圏の歌手の曲として、ビルボード誌ランキングで1位を取った曲は、2015年現在でも「上を向いて歩こう」のみとなっています。毎年たくさんの音楽が世に出ていますが、いまだに記録が破られていないというのはすごい功績です。

 

 

■まとめ

21世紀になっても愛され続け、多くの人びとに歌い継がれている「上を向いて歩こう」。坂本九は、同曲のレコード発売当時にはまだ19歳であったというから驚きです。作曲の中村八大は30歳、作詞の永六輔は28歳と、現代では若手と言われてもいいような年齢でこれだけのヒット作を作り上げたというのは、改めて偉業と言ってもいいでしょう。軽快なメロディと、日本人の琴線に触れるような少し切なげな歌詞が、いつまでも私達の胸に響き続けています。