■多くの話題を呼んだ70年代を代表する戦争映画

 

▼映画「トラ・トラ・トラ!」について

「トラ・トラ・トラ!」とは、1970年に公開された戦争映画です。第二次世界大戦の真珠湾攻撃に関する内容、そして日米共同での映画製作などが話題を呼び、当時の日本では高い評価を得ました。監督は、リチャード・フライシャー、舛田利雄、深作欣二の3名。

 

アメリカが被害を受けた真珠湾攻撃に関する映画でありながら、アメリカ側が製作に全面的に協力するという驚きの製作体制や、戦争当時の細かな部分までシーンとして盛り込まれている点が、当時の日本人からはかなり良い反応を得ることができました。

 

 

▼「トラトラトラ」ってなに?

初めて映画のタイトル(「トラ・トラ・トラ!」)を聞いた時は、なんのことかさっぱり分かりませんでしたが、名前の由来にはいくつかの説があります。この「トラ」とは、真珠湾攻撃が開始されたことを伝える電信の暗号略号であったとされています。由来は、「突撃」の「ト」、「雷撃」の「ラ」というようにそれぞれの頭文字を取ったものだという説が広く知られています。また、「虎(寅)」と同じ発音のため、縁起をかついで「トラ」とされたという説もあります。

 

 

▼なんと撮影には実際の飛行機を使用!

映画の撮影には様々な戦闘機などが登場しますが、多くのものは米国製の飛行機を改造するなどして旧日本軍の機体を再現し、実際に飛行可能なものを使って撮影されました。そして実際にスタントマンがパイロットとして機体に乗り込み、飛行シーンや危険な空中戦のシーンまでを操縦しながら演技しました。映画を見ると、かなり激しいシーンが多いので事故などが起きなかったことは奇跡ですね。その結果、かなり現実のものに近い映像を撮ることに成功し、そのリアリティが高く評価されることになりました。ちなみに劇中には戦闘機の墜落シーンなどもありますが、激しい爆発などをともなうシーンはミニチュアなどを使用した特撮映像を織り交ぜて表現されました。こうしたことから、当時の製作スタッフ達の徹底したリアリティへの追求心をうかがうことができます。

 

 

▼日本公開版とアメリカ公開版の存在

映画「トラ・トラ・トラ!」は日本国外でも上映された作品ですが、日本で公開された「日本公開版」とは別に「アメリカ公開版(インターナショナル版)」というものが存在しています。それぞれにはいくつかの違いがあり、どちらか片方しか見ていない人にとっては見所の一つと言えます。

まず、「アメリカ公開版」ではカットされていた2つのシーンが「日本公開版」には収録されている点。一つ目は、映画内の登場人物である山本五十六長官が宮中で天皇に拝謁する場面の前に、木戸幸一大臣と語り合うシーンを見ることができます。二つ目は、炊事兵が厨房で会話するシーン。このシーンの炊事兵は渥美清と松山英太郎が演じており、「トラ・トラ・トラ!」の劇中では数少ないコメディーシーンとして見ることができます。

 

そして、もうひとつの違いはオープニングクレジットの映像に、カットされたシーンに出演している俳優の名前が表記されている点です。かなり細かな所ですが、マニアックなファンなら見逃せないポイントになっています。

 

 

▼当初はあの黒澤明が監督だった!

本作の監督はリチャード・フライシャー、舛田利雄、深作欣二の3名となっていますが、製作当初は様々なヒット作の映画監督として有名な黒澤明が監督に抜擢されていました。しかし、撮影が始まってから3週間後、突然黒澤明の監督降板が発表されました。降板の理由は、黒澤明による突拍子もない行動が多くあったためといわれています。

 

いくつかの例を挙げると、俳優がスタジオ入りする度にファンファーレを鳴らしてスタッフ全員に海軍式敬礼をさせたり、撮影のセットや道具を何度も作り直しさせるなど、作品作りへの異常とも思えるようなこだわりっぷりがスタッフの不信感を煽るものとしてありました。さらにスタッフのカチンコの叩き方に文句をつけてクビにする、黒澤明が酒に酔ったままスタジオに来るなど、周りの製作陣にも理解しがたい行動が目立つようになりました(もし自分がスタッフとして参加していたとしたら、これでは困惑してしまいます…)。その結果、「病気が原因」として黒澤明の降板が発表される運びになり、出演予定であった俳優や製作スタッフなどの多くも降板することになってしまいました。

 

黒澤明の降板後、後任の監督を探すために様々な人物へ監督のオファーを繰り返していた製作陣ですが、黒澤明の件もあってかことごとく断れ続けられることに。しかし、一度はオファーを断られながらも再びのオファーでなんとか舛田利雄を監督に迎え入れることができました。その時にはほとんど製作期間がなくなってきたため、共同監督として深作欣二の協力を得ることに成功し、映画の撮影を再開することができました。このような製作陣の執念が、映画を完成まで持って行ったといっても過言ではないでしょう。それにしても、製作打ち切りにならなかったことが奇跡とも言えるぐらいです。

 

 

■まとめ

昭和の戦争映画の中でも一際多くの人々の記憶に残っているのが「トラ・トラ・トラ!」でしょう。映画製作の裏側には監督の降板劇や、リアリティを追求して実機の戦闘機を使用するなど、当時のスタッフ達の努力とこだわりを感じることができます。当時は、日本を賞賛するような内容が評価されましたが、時代背景の異なる今になってから見返してみると、戦争について改めて考えさせられます。